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    <title>ism</title>
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    <description>ism</description>
    <dc:language>ja</dc:language>
    <dc:creator>bianism</dc:creator>
    <dc:rights>2023</dc:rights>
    <pubDate>Tue, 18 Apr 2023 21:59:27 +0900</pubDate>
    <dc:date>2023-04-18T21:59:27+09:00</dc:date>
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      <title>ism</title>
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      <description>ism</description>
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    <item>
      <title>イエローキャブ</title>
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      <description><![CDATA[世界人口白書によると、2011年の国別人口の1位は中華人民共和国の13億5千万人、2位はインド国の12億4千万人、3位はアメリカの3億1千万人らしい。 <br />
インド国では1950年代初め頃から政府が人口抑制政策を行なっていたらしいけれども現在も人口は増加し続けているらしい。何十年か前に避妊相談所みたいのを全国に展開した際に大勢の女性が避妊相談所みたいなところに訪れて避妊の指導によく従ったのだけれども何故か人口が減少する気配が全くなかったらしい。確かに大勢の女性が避妊を実践したのだけれども避妊相談所に来たそれらの多くの女性は子供を6～7人くらい産んでから避妊相談所に来ていたらしい。 <br />
政府が人口抑制政策を行なっていることからインド国が(ヒンドゥー教の国であって?)キリスト教やイスラム教の国ではないことがわかる。なぜら聖書に"産めよ増えよ"と書いてあるのでイスラム教やキリスト教の国では政府が人口抑制政策を行うことがないだろうから。 先進国では避妊にはピルの利用が一般的みたいだ。日本では何十年か前に中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)の活動がテレビジヨンで頻繁に放送されていたらしい。この問題については様々な考え方があって、ピルをもっと開放しろというような主張もあれば、ピルに限らづ避妊そのものを好ましくないというのもあれば、女性の快楽を悪いことと考える(2007年 1月 3日の記事)ようなのもある。 <br />
聖書には"産めよ増えよ"に続いて地に満ちよと書かれてあるらしいけれども、(草原よりも安全な樹上等で生息しているヒト以外の)サルとくらべてヒトは多産。 <br />
日本のピル利用環境は幾つもの輸入代行の業者があるくらいだから、先進国のなかでは解放されていないほうなのだろう～制度としてその個人輸入のピルを輸出している国のほうが日本と比べてピルがかなり開放されているのだろうけれども、先進国の人口が揃って減少傾向にあるのだからピルの開放と人口の減少はあまり因果関係がないかもしれない。もちろん(繁殖期がない～一年中が繁殖期だからといって)薬物を服用してまでセックスしようとすることはいかがなものかと思うというような考え方もあるだろうし、いずれにしても制度としてのピルの開放の程度が必ずしもピルの普及の程度を意味しているのではないような感じもする。 <br />
大雑把な印象としては、日本でピルは既婚者の利用を想定して開放されているレベルであり、それでは中ピ連のような連中が騒ぐので個人輸入を合法として認められているという感じがする。 イラン・イスラム共和国では結婚式の後に両家の母親が新婦が処女であったことを確認し合うという慣習があり、その慣習は現在も行われている。そのような訳でイラン・イスラム共和国の未婚女性は99.9パーセントではなく100パーセントが処女であるとみなされているらしい。 <br />
私も処女膜はヒトとモグラの一種にしかないと思っていたけど、どうもそれは俗説で誤りかもしれない。退化してなくなってしまうものが何故か残っているのだと記憶している。 <br />
あるいはモグラの一種の場合も在り得るかもしれないけれどヒトと似たような臓器に処女膜という名称が付けられている可能もあるかもしれない。と言うのも、このことは宗教上の主張に大きく関わる問題でもあるからだ。即(すなわ)ち、ペニス(男性器)が挿入されることによって損傷・出血する処女膜をもっているのがヒトに限られていた場合、神がヒトをそのように創造したのだと主張されることになるだろうから。 何となく、ピルを開放することがあたかも女性を解放する如(ごと)く主張することは誤りのような感じがするけれども、実際に強姦だか合意だかはっきりしないような事例がけっこうあるらしい～そのような訳でアメリカの幾つかの州では、三十路を過ぎた女性と十代の少年の間の恋愛が法律で禁止されているらしい。させ子(イエローキャブ)は病気でその病気の原因は不感症らしい。それは原因ではなくて結果のような感じがするけれども治療をする理屈としては、不感症であるゆえにセックスをしてもエクスタシーが得られづ、それが不安となって複数の男性とやっていたということで治療が行われているらしい。病気であるかどうかは判らないけれども、三十路を過ぎた女性が十代の少年を強姦する事件がそう珍しくない社会を実現する為には何よりも先ずピルが解放されていなければならないということだろうか? 交通手段が発達したこともあり現在のヨーロッパは正にイスラム社会と陸続きで向き合わなければならなくなった。イスラム圏からの移民や出稼ぎに反対している人達は、直接的な表現ではない場合"女性の解放"というスローガンを掲げることがあるらしい。そのような場合、"女性の解放"というプラカードなり何なりはアンチイスラムを意味しているらしい。 <br />
複数の男性とセックスを重ね三十路を過ぎると十代の少年を餌食(えじき)にしようとする猛獣のような女性が社会問題となっている場合、"女性の解放"とは、その猛獣のトラのような女性を檻(オリ)から解放することを意味しているのかもしれない。 殆どの日本人はそのような認識をもっていないみたいだけれど、日本は多文化主義の国らしい。なぜ、日本が多文化主義の国であるかというと、日本は少なくとも法律による制度としてアイヌ(日本の北部の先住民)の文化を尊重し保護しているというのである。 <br />
1980年代の後半頃から、多くのイラン人が日本に出稼ぎに来ていたけれど、現在のヨーロッパでのような問題は全く起きていなかったらしい～現在、日本へのイラン人の出稼が殆ど少ないのは、イラン・イスラム共和国政府がアメリカに盾突(たてつ)いているという国際関係が原因だろうか?～ヨーロッパに於ける多文化主義の失敗は(アメリカに追従して?)イスラムに対しての多文化主義の政策を行わなかったことによる意図的な失敗だったのだろうか? <br />
しかし政府が、多文化主義の政策を行わなかった、あるいは殆ど多文化主義の政策を行わなかった、あるいは殆ど反多文化主義の政策を行わなかったことは大変に紳士的であったと評価することができるかもしれない。即ち、もしも状況が逆だった場合～ヨーロッパからイスラム圏に多くの移民や出稼ぎが行われていたとしたら、イスラム圏の国の政府によってあからさまな反多文化主義の政策が行われる公算が高いと推測できるから。 <br />
検索用語 <br />
イエローキャブ イエローキャブ イエローキャブ イエローキャブ<br />
<br />
させ子<br />
<br />
<br />
神によって創造されたかたち 『創造論』 ]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 30 Apr 2019 17:15:23 +0900</pubDate>
      <dc:date>2019-04-30T17:15:23+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>BENHUR</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/25051758/</link>
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      <description><![CDATA[明日(11月 8日)、衛星放送のBS-TBSチャンネでベンハーの放送があるらしい。 <br />
<br />
時代劇の時代考証をして云々するのはヤボなことであることは承知している。いっそのこと日本の時代劇のようにデタラメの時代考証で制作されているということであればいいのだが、ローマ人が鐙(あぶみ)を用いていなかったり、けっこう細々としたところでも時代考証が合っていたりする。 <br />
 <br />
日本の時代劇の時代考証がデタラメなのは現代劇でできなかったから、というような伝統があるのかもしれない。江戸時代に赤穂浪士の討入を演目にすることは禁止されていたらしい～歌舞伎の忠臣蔵は100年以上前の鎌倉時代末期のころの時代劇として演じられていたらしい。而して、歌舞伎の忠臣蔵には吉良上野介は出てこづ高師直(こうのもろなお)が出てくるらしい。 <br />
なぜ時代考証がデタラメであると推測できるかというと、おそらくストーリーは赤穂浪士の討入と似ているので切腹がでてくる～微妙なところだけれどもこの頃に切腹が行われていたか疑問がある～諸説あるみたいだけれども史実としての切腹は北条高時らが鎌倉幕府の滅亡に際して行われたのが初めてであるとされている。また、装束もおそらく江戸時代のものがそのまま用いられている可能性が高いような感じがする～鎌倉時代には足袋がなかった～日本人が足袋を用いるようになったのは戦国時代(安土桃山時代)以降であるとされている。 <br />
<br />
<br />
もちろんBENHURでも、時代考証がはっきりとしていることについて誤りではないが、表現方法が適切でないと思われるような事例もある。例えば、キリストと同時に二人が十字架にかけられていることは史料と一致している。しかしBENHURではその二人が何者なのか示していないのでキリストの弟子か何かのような印象を与えている～史料ではこの二人はキリストとは何の関係もない罪人。このシーンでピトロ(ローマの地方長官で実在の人物)が手を洗っていることは聖書の記述と一致している。映画なり小説でこのビトロの人物像をどのように表現するかでユダヤ人に対するコンセプトが異なってくるらしい～よって、それが適切であるか適切でない表現方法であるかということは評価できないのだけれども、この映画ではピトロの人物像が聖書と異なって表現されているらしい。そんなことはどうでもいいことじゃないか?とたいていの日本人、あるいはたいていの人は思うかもしれないけれど、そのことがホロコーストが行われた根拠にされていたとしたら話は別だろう。 <br />
そのホロコーストというのはアウシュビッツなんかでユダヤ人が殺害されたことだけれども、ホロコーストは歴史上の過去の出来事ではなく現在の問題でもあるらしい。イスラエルの外務省のページでもはっきりとHolocaustと表現されている(http://mfa.gov.il/MFA/ForeignPolicy/AntiSemitism/Pages/default.aspx)。現代の新鋭戦車はジェットエンジンを搭載しているタイプが多いみたいだけれど、イスラエルの主力戦車メルカバはディーゼルエンジンをフロントに搭載している。そのディーゼルエンジンはドイツ製らしい。 <br />
<br />
<br />
ローマ人の女性が若いのしかいない。スペクタクル～莫大な制作費をかけた映画で、このようなやんちゃな表現が行われていることなど誰も思いもよらなければ、ひょっとすると今まで誰もローマ人の女性が若いのしかいないことに気が付かなかったかもしれない。 <br />
ヒトのオスは若いメスを好む傾向があるらしい。チンパンジーのオスは交尾(交接・セックス)の対象として若いメスよりも中年のメスを好むという明確な傾向があることが、数十年にわたってチンパンジーを観察している女性研究者によって分析されているらしい。 <br />
ヒトはチンパンジーとくらべると多産であるがお産そのものはチンパンジーよりも重い。聖書には神が産みの苦しみを与えたと書いてあるらしい。 <br />
<br />
<br />
また、このようなことを書くのはいかがなものか?とも思うが、実はこの映画、大きな技術的な誤りがある。誤りを指摘するほどまずいことはないのだが制作年代からして監督などもすでにお亡くなりになっているだろうからあえて公開してしまうのだけれども、おそらく映画関係者ならばタイトルのスペルが違っているくらいの大きな誤りが続いているので見れば誰でも気付くはずだと思う。それは、戦車レースの競技場のシーンからなのだけれども～その以前からあったかもしれないけれど、そのシーンで大きな誤りが繰り返されている。何かやんちゃな表現なのかもしれないけれど、その誤りのためにかなり大掛かりな道具を用いていることがわかるシーンもある。 <br />
時間とは関係ないけれども名作と評される映画でも稀(まれ)に同様の誤りがある。例えば、"恐怖の報酬"でマリオがニトロを積んで出かける際に女性が懸命に止めようとしているシーンや、"サウンドオフミュージック"で家庭教師が大佐のところへ初めて訪問した際に執事と面会しているシーンなど。(これらの映画は制作年代が同じ頃で)当時は、このような表現に何か意味があったのかもしれないけれど、単純な誤りであった可能性もある。"華麗なるギャツビー" でも誤りが多い～もし単純な誤りでなく何か意味があったとしたら、アメリカで最も読まれている小説の一つである"華麗なるギャツビー"の映画化でこのような表現をされるのはいかがなものかと思う。 <br />
]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 02 Nov 2015 15:53:51 +0900</pubDate>
      <dc:date>2015-11-02T15:53:51+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>総構</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/23221362/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://bianism.exblog.jp/23221362/</guid>
      <description><![CDATA[日本の城というと天守閣を思い浮かべる人が多いみたいだけれど、実は天守閣は城の一角に過ぎないらしい。 <br />
おそらく鶴ヶ城などでも城下町に人工的な土塁や馬の習性を利用した馬の進行を妨げる空堀が存在したと推測される。城郭も本丸・二の丸・三の丸があることは知られているが、三の丸が陥落しても二の丸、二の丸が陥落しても本丸、そして姫路城なんかは本丸に侵入されても本丸に隠し部屋があって、できるだけ持ちこたえることができるような設計になっているらしい。 <br />
このように城郭だけでなく、堀などで広域にわたって防衛線を設計することを総構(そうがまえ)あるいは総郭（そうぐるわ）と言うらしい。 <br />
日本の城がこのような構造なので、可動式の櫓(やぐら)やスロープのような城攻めの方法が発達しなかったのかもしれない。城が城壁の内側ということであれば、どんなに高い石の城壁であったとしてもローマ軍が行ったように城壁の前に土を盛り上げてスロープをつくり容易に城壁を越えることができるようにすれば城は陥落ということになるのだろう。 <br />
<br />
白村江の戦い(663年)や元寇を経験しているので少なくともカタパルト(投石器・大砲)の存在は知っていた筈なのだが、なぜだかわからないけれど日本では城攻めの方法としてカタパルトが発達しなかったみたいだ。野戦では関ヶ原の戦いで大砲が一門用いられていた記録があるらしい。 <br />
ヨーロッパでは12世紀には梃(てこ)と錘(おもり)を用いた高さ20メートル以上の投石器が城攻めに用いられていたらしい。この為に城の建造には投石器への対策が必要となり何重にも厚い城壁をはりめぐらせるようになったらしい。13世紀に建造されたこのような中東の城は十字軍の投石器の攻撃に耐えたらしい。 <br />
その後、火薬を用いた大砲が発達すると、同等の投石器とくらべて速射性が優れただけではなく、より大きな砲弾を発射することができるようになったみたいで15世紀にオスマントルコがコンスタンティノーブル(場所は現在のイスタンブル)を攻めた際には重さ200キログラム以上の砲弾を用いて城壁そのものを破壊することができたらしい。 <br />
重さ200キログラム以上の砲弾の大砲は特殊な大砲だったらしいけれども、さらにその後は城郭の壁の厚さが薄くなっていく～それまではヨーロッパでも3メートル以上の厚さの城郭の壁があった。そして城が森のなかに建造されるようになった感じがする。サンクトペテルブルグは沼地だったらしいけれども、その森がシャンボール城のように湿原の多い森で、城を建造する場所だけ地盤を整備していたりすると、ひょっとするとそれは大砲やカタパルトを運搬できないような天然の地形を利用した防衛方法であった可能性もあるかもしれない。 <br />
現代兵器も森の中では威力を十分に発揮できないのかもしれない。ベトナムには森(ジャングル)が多い。今の大統領になってから軍事予算は縮小傾向にある。大統領がかわりベトナムの予算が大幅に削減されたことでガタガタになってしまいサイゴン(ベトナム共和国の首都)が陥落した、といった見解もあったような。<!--因(ちなみ)に、ベトナムの地形を上手く利用して戦ったと評されているらしいヴォー・グエン・ザップ将軍(北の戦争指導者)は今年(2013年)亡くなったらしい。 <br />
-->]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 23 Aug 2014 22:14:52 +0900</pubDate>
      <dc:date>2014-08-23T22:14:52+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>ヒトを触発させるようなホルモンが商品として流通しているらしい</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/23877340/</link>
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      <description><![CDATA[フェロモンは昆虫なんかが性ホルモンで触発されて異性を引き寄せたりするものだと思っていたけれども、サルの実験でオスが寄ってくる性ホルモン(?)が発見されたらしい。子供を産めづオスに交尾の対象として好まれないメスに排卵期に排出される性的な分泌物(それが性ホルモンらしい)を塗るとオスがたくさん寄ってきたらしい。ヒトの場合も排卵期に同様の物質が排出されその物質は合成することができるらしい。 <br />
怪しい商品で、もちろん、ヒトの場合には昆虫のフェロモンやサルの実験のような効果は期待できないだろうけれども、ヒトのオスがそのにおいを嗅ぐとテストステロンが大量に分泌されることがわかっているらしい。ヒトの恋愛は様々な要素が絡みあっているから、本当にテストステロンを大量に分泌させることができたとしても、そのことで恋愛が上手くいく訳ではないだろう～化粧を少し変える程度の効果はあるかもしれないけれど。また、現在のヒトの社会ではそのような臭いがサインであると自覚されていないので合コンなどで用いられても合成フェロモンの発信元に対して効果が顕れる訳ではないだろう。それにしても合成フェロモンの導入は非人道的な生物化学兵器のようなイメージがある。 <br />
取り締まる法律がないので脱法ハーブのように流通しているのかというとそうではなく、コピュリンという香水の一種のような感じで普通に流通しているらしい。 <br />
この商品はどのような効用があるのか、どのような用途の商品なのかわからないかたちで流通しているらしいのでそのような合成フェロモンであることを知らないで購入されるケースがあるかもしれない。 <br />
効用を謳って一般に流通しているラブコスメとは異なるようだ。 <br />
<br />
<br />
検索用語 <br />
コピュリン テストステロン <br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 14 Dec 2014 18:51:21 +0900</pubDate>
      <dc:date>2014-12-14T18:51:21+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>イエローキャブ</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/33213496/</link>
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      <description><![CDATA[世界人口白書によると、2011年の国別人口の1位は中華人民共和国の13億5千万人、2位はインド国の12億4千万人、3位はアメリカの3億1千万人らしい。<br />
インド国では1950年代初め頃から政府が人口抑制政策を行なっていたらしいけれども現在も人口は増加し続けているらしい。何十年か前に避妊相談所みたいのを全国に展開した際に大勢の女性が避妊相談所みたいなところに訪れて避妊の指導によく従ったのだけれども何故か人口が減少する気配が全くなかったらしい。確かに大勢の女性が避妊を実践したのだけれども避妊相談所に来たそれらの多くの女性は子供を6～7人くらい産んでから避妊相談所に来ていたらしい。<br />
政府が人口抑制政策を行なっていることからインド国が(ヒンドゥー教の国であって?)キリスト教やイスラム教の国ではないことがわかる。なぜら聖書に"産めよ増えよ"と書いてあるのでイスラム教やキリスト教の国では政府が人口抑制政策を行うことがないだろうから。先進国では避妊にはピルの利用が一般的みたいだ。日本では何十年か前に中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)の活動がテレビジヨンで頻繁に放送されていたらしい。この問題については様々な考え方があって、ピルをもっと開放しろというような主張もあれば、ピルに限らづ避妊そのものを好ましくないというのもあれば、女性の快楽を悪いことと考える(2007年 1月 3日の記事)ようなのもある。<br />
聖書には"産めよ増えよ"に続いて地に満ちよと書かれてあるらしいけれども、(草原よりも安全な樹上等で生息しているヒト以外の)サルとくらべてヒトは多産。<br />
日本のピル利用環境は幾つもの輸入代行の業者があるくらいだから、先進国のなかでは解放されていないほうなのだろう～制度としてその個人輸入のピルを輸出している国のほうが日本と比べてピルがかなり開放されているのだろうけれども、先進国の人口が揃って減少傾向にあるのだからピルの開放と人口の減少はあまり因果関係がないかもしれない。もちろん(繁殖期がない～一年中が繁殖期だからといって)薬物を服用してまでセックスしようとすることはいかがなものかと思うというような考え方もあるだろうし、いずれにしても制度としてのピルの開放の程度が必ずしもピルの普及の程度を意味しているのではないような感じもする。<br />
大雑把な印象としては、日本でピルは既婚者の利用を想定して開放されているレベルであり、それでは中ピ連のような連中が騒ぐので個人輸入を合法として認められているという感じがする。イラン・イスラム共和国では結婚式の後に両家の母親が新婦が処女であったことを確認し合うという慣習があり、その慣習は現在も行われている。そのような訳でイラン・イスラム共和国の未婚女性は99.9パーセントではなく100パーセントが処女であるとみなされているらしい。<br />
私も処女膜はヒトとモグラの一種にしかないと思っていたけど、どうもそれは俗説で誤りかもしれない。退化してなくなってしまうものが何故か残っているのだと記憶している。<br />
あるいはモグラの一種の場合も在り得るかもしれないけれどヒトと似たような臓器に処女膜という名称が付けられている可能もあるかもしれない。と言うのも、このことは宗教上の主張に大きく関わる問題でもあるからだ。即(すなわ)ち、ペニス(男性器)が挿入されることによって損傷・出血する処女膜をもっているのがヒトに限られていた場合、神がヒトをそのように創造したのだと主張されることになるだろうから。何となく、ピルを開放することがあたかも女性を解放する如(ごと)く主張することは誤りのような感じがするけれども、実際に強姦だか合意だかはっきりしないような事例がけっこうあるらしい～そのような訳でアメリカの幾つかの州では、三十路を過ぎた女性と十代の少年の間の恋愛が法律で禁止されているらしい。させ子(イエローキャブ)は病気でその病気の原因は不感症らしい。それは原因ではなくて結果のような感じがするけれども治療をする理屈としては、不感症であるゆえにセックスをしてもエクスタシーが得られづ、それが不安となって複数の男性とやっていたということで治療が行われているらしい。病気であるかどうかは判らないけれども、三十路を過ぎた女性が十代の少年を強姦する事件がそう珍しくない社会を実現する為には何よりも先ずピルが解放されていなければならないということだろうか?交通手段が発達したこともあり現在のヨーロッパは正にイスラム社会と陸続きで向き合わなければならなくなった。イスラム圏からの移民や出稼ぎに反対している人達は、直接的な表現ではない場合"女性の解放"というスローガンを掲げることがあるらしい。そのような場合、"女性の解放"というプラカードなり何なりはアンチイスラムを意味しているらしい。<br />
複数の男性とセックスを重ね三十路を過ぎると十代の少年を餌食(えじき)にしようとする猛獣のような女性が社会問題となっている場合、"女性の解放"とは、その猛獣のトラのような女性を檻(オリ)から解放することを意味しているのかもしれない。殆どの日本人はそのような認識をもっていないみたいだけれど、日本は多文化主義の国らしい。なぜ、日本が多文化主義の国であるかというと、日本は少なくとも法律による制度としてアイヌ(日本の北部の先住民)の文化を尊重し保護しているというのである。<br />
1980年代の後半頃から、多くのイラン人が日本に出稼ぎに来ていたけれど、現在のヨーロッパでのような問題は全く起きていなかったらしい～現在、日本へのイラン人の出稼が殆ど少ないのは、イラン・イスラム共和国政府がアメリカに盾突(たてつ)いているという国際関係が原因だろうか?～ヨーロッパに於ける多文化主義の失敗は(アメリカに追従して?)イスラムに対しての多文化主義の政策を行わなかったことによる意図的な失敗だったのだろうか?<br />
しかし政府が、多文化主義の政策を行わなかった、あるいは殆ど多文化主義の政策を行わなかった、あるいは殆ど反多文化主義の政策を行わなかったことは大変に紳士的であったと評価することができるかもしれない。即ち、もしも状況が逆だった場合～ヨーロッパからイスラム圏に多くの移民や出稼ぎが行われていたとしたら、イスラム圏の国の政府によってあからさまな反多文化主義の政策が行われる公算が高いと推測できるから。<br />
検索用語<br />
イエローキャブ イエローキャブ イエローキャブ イエローキャブ<br />
<br />
させ子<br />
<br />
<br />
神によって創造されたかたち 『創造論』]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 18 Apr 2023 21:59:27 +0900</pubDate>
      <dc:date>2023-04-18T21:59:27+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>市川海老蔵事件</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/19932488/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://bianism.exblog.jp/19932488/</guid>
      <description><![CDATA[記憶違いかもしれないけれど歌舞伎の市川家は名跡ではあるけれど、そんなに格式は高くなかったような～少なくとも市川團十郎は革新的な歌舞伎(スーパー歌舞伎)をやっていて、いわゆる歌舞伎の本流ではないという印象を私はもっていた。ちょうど落語の林家三平もそのような印象だった。 <br />
茶道や華道の家元の後継者が一人で大酒飲み歩いてフラフラするのはいかがなものかと思う。 　<br />
革新的な歌舞伎に対する評価は様々だろう。その芸の延長には必ずしも人間国宝の道があるとは限らないことが市川海老蔵の俺は人間国宝発言へ繋がっていったような感じもする。落語の場合はどうだか知らないけれど歌舞伎では、舞台は板の上・映画は土の上・テレビはそれ以下という考え方が根底にあったような感じがする。もちろん、そのようなことを公言してはいけないのだけれど、市川海老蔵の場合、酒を飲むと時々そのことを口に出して言ってしまっていたことがあったみたいだ。<br />
林家三平や市川團十郎のような、異端はテレビジヨンへの出演が多いらしい。もちろん、それらの出演はタレントとしてであって、落語中継や歌舞伎中継以外の放送では家元としてテレビジヨンに出演しているのではないのだろう。 <br />
舞台・映画・テレビはハードウェアが異なるだけで芸は移殖できる関係にあるのだろう。　<br />
<br />
歌舞伎は歌舞伎座だけではなく国立劇場でも上演されているらしい。国立劇場には演芸場もあって落語や漫才も行われているらしい。国立劇場は歌舞伎座や鈴本演芸場・吉本よりも格式が上であるとみなされているみたいだ。 <br />
ところで、王国でもないのに国立劇場のようなかたちで国が歌舞伎や落語というまったく民間の芸能にかかわることはどうだろうか?というような見解もあるかもしれないけれど、日本では文化や芸術にも国が積極的にかかわっているのかもしれない。<br />
これらの芸能は、宮内庁の雅楽と異なるまったくの民間のものであって、何十年も途絶えてしまったインドネシアの宮中舞踊の伝承者を育成する(2009年8月の記事)のでさえ民間でやっているみたいなのに、どうして国が民間の芸能の伝承者を育成するような事業までやらなければならないのか?という見解もあるかもしれない。 <br />
そのようなことの是非は別にして、ともかく日本では国がかかわろうとしている。あるいは国がかかわらなければ、それらの芸能が廃(すた)れてしまうのかもしれないけれど、私にはそのようには思えない。 <br />
昔の言い方をすれば、それは国策である可能性が高い。だから、文部科学省もマンガの殿堂に積極的だったのだろう。<br />
マンガ総理が選挙に負けたことで国策のマンガの殿堂が立ち消えになってしまっているのはいかがなものかと思う。 ]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 01 Feb 2013 19:44:14 +0900</pubDate>
      <dc:date>2013-02-01T19:44:14+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>イエローキャブ</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/31297647/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://bianism.exblog.jp/31297647/</guid>
      <description><![CDATA[世界人口白書によると、2011年の国別人口の1位は中華人民共和国の13億5千万人、2位はインド国の12億4千万人、3位はアメリカの3億1千万人らしい。<br />
インド国では1950年代初め頃から政府が人口抑制政策を行なっていたらしいけれども現在も人口は増加し続けているらしい。何十年か前に避妊相談所みたいのを全国に展開した際に大勢の女性が避妊相談所みたいなところに訪れて避妊の指導によく従ったのだけれども何故か人口が減少する気配が全くなかったらしい。確かに大勢の女性が避妊を実践したのだけれども避妊相談所に来たそれらの多くの女性は子供を6～7人くらい産んでから避妊相談所に来ていたらしい。<br />
政府が人口抑制政策を行なっていることからインド国が(ヒンドゥー教の国であって?)キリスト教やイスラム教の国ではないことがわかる。なぜら聖書に"産めよ増えよ"と書いてあるのでイスラム教やキリスト教の国では政府が人口抑制政策を行うことがないだろうから。先進国では避妊にはピルの利用が一般的みたいだ。日本では何十年か前に中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)の活動がテレビジヨンで頻繁に放送されていたらしい。この問題についてはArtemisia abrotanum様々な考え方があって、ピルをもっと開放しろというような主張もあれば、ピルに限らづ避妊そのものを好ましくないというのもあれば、女性の快楽を悪いことと考える(2007年 1月 3日の記事)ようなのもある。<br />
聖書には"産めよ増えよ"に続いて地に満ちよと書かれてあるらしいけれども、(草原よりも安全な樹上等で生息しているヒト以外の)サルとくらべてヒトは多産。<br />
日本のピル利用環境は幾つもの輸入代行の業者があるくらいだから、先進国のなかでは解放されていないほうなのだろう～制度としてその個人輸入のピルを輸出している国のほうが日本と比べてピルがかなり開放されているのだろうけれども、先進国の人口が揃って減少傾向にあるのだからピルの開放と人口の減少はあまり因果関係がないかもしれない。もちろん(繁殖期がない～一年中が繁殖期だからといって)薬物を服用してまでセックスしようとすることはいかがなものかと思うというような考え方もあるだろうし、いずれにしても制度としてのピルの開放の程度が必ずしもピルの普及の程度を意味しているのではないような感じもする。<br />
大雑把な印象としては、日本でピルは既婚者の利用を想定して開放されているレベルであり、それでは中ピ連のような連中が騒ぐので個人輸入を合法として認められているという感じがする。イラン・イスラム共和国では結婚式の後に両家の母親が新婦が処女であったことを確認し合うという慣習があり、その慣習は現在も行われている。そのような訳でイラン・イスラム共和国の未婚女性は99.9パーセントではなく100パーセントが処女であるとみなされているらしい。<br />
私も処女膜はヒトとモグラの一種にしかないと思っていたけど、どうもそれは俗説で誤りかもしれない。退化してなくなってしまうものが何故か残っているのだと記憶している。<br />
あるいはモグラの一種の場合も在り得るかもしれないけれどヒトと似たような臓器に処女膜という名称が付けられている可能もあるかもしれない。と言うのも、このことは宗教上の主張に大きく関わる問題でもあるからだ。即(すなわ)ち、ペニス(男性器)が挿入されることによって損傷・出血する処女膜をもっているのがヒトに限られていた場合、神がヒトをそのように創造したのだと主張されることになるだろうから。何となく、ピルを開放することがあたかも女性を解放する如(ごと)く主張することは誤りのような感じがするけれども、実際に強姦だか合意だかはっきりしないような事例がけっこうあるらしい～そのような訳でアメリカの幾つかの州では、三十路を過ぎた女性と十代の少年の間の恋愛が法律で禁止されているらしい。させ子(イエローキャブ)は病気でその病気の原因は不感症らしい。それは原因ではなくて結果のような感じがするけれども治療をする理屈としては、不感症であるゆえにセックスをしてもエクスタシーが得られづ、それが不安となって複数の男性とやっていたということで治療が行われているらしい。病気であるかどうかは判らないけれども、三十路を過ぎた女性が十代の少年を強姦する事件がそう珍しくない社会を実現する為には何よりも先ずピルが解放されていなければならないということだろうか?交通手段が発達したこともあり現在のヨーロッパは正にイスラム社会と陸続きで向き合わなければならなくなった。イスラム圏からの移民や出稼ぎに反対している人達は、直接的な表現ではない場合"女性の解放"というスローガンを掲げることがあるらしい。そのような場合、"女性の解放"というプラカードなり何なりはアンチイスラムを意味しているらしい。<br />
複数の男性とセックスを重ね三十路を過ぎると十代の少年を餌食(えじき)にしようとする猛獣のような女性が社会問題となっている場合、"女性の解放"とは、その猛獣のトラのような女性を檻(オリ)から解放することを意味しているのかもしれない。殆どの日本人はそのような認識をもっていないみたいだけれど、日本は多文化主義の国らしい。なぜ、日本が多文化主義の国であるかというと、日本は少なくとも法律による制度としてアイヌ(日本の北部の先住民)の文化を尊重し保護しているというのである。<br />
1980年代の後半頃から、多くのイラン人が日本に出稼ぎに来ていたけれど、現在のヨーロッパでのような問題は全く起きていなかったらしい～現在、日本へのイラン人の出稼が殆ど少ないのは、イラン・イスラム共和国政府がアメリカに盾突(たてつ)いているという国際関係が原因だろうか?～ヨーロッパに於ける多文化主義の失敗は(アメリカに追従して?)イスラムに対しての多文化主義の政策を行わなかったことによる意図的な失敗だったのだろうか?<br />
しかし政府が、多文化主義の政策を行わなかった、あるいは殆ど多文化主義の政策を行わなかった、あるいは殆ど反多文化主義の政策を行わなかったことは大変に紳士的であったと評価することができるかもしれない。即ち、もしも状況が逆だった場合～ヨーロッパからイスラム圏に多くの移民や出稼ぎが行われていたとしたら、イスラム圏の国の政府によってあからさまな反多文化主義の政策が行われる公算が高いと推測できるから。<br />
検索用語<br />
イエローキャブ イエローキャブ イエローキャブ イエローキャブ<br />
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させ子<br />
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神によって創造されたかたち 『創造論』]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 23 Apr 2022 23:59:18 +0900</pubDate>
      <dc:date>2022-04-23T23:59:18+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>中華人民共和国に於ける学生デモについて</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/14743102/</link>
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      <description><![CDATA[現在、中華人民共和国(の内陸部)の一部に於いて反日デモが頻繁に行われているらしい。 <br />
学生デモは多くの国で行われているけれど中華人民共和国の学生デモはたぶん、中華人民共和国のデモが報道されている外国で行われている学生デモとは異なると思う～外国で報道されても自国の学生デモとの違いについては何も解説されていないかもしれない。 <br />
例えとしては適当でないかもしれないけれど、中華人民共和国の大学は士官学校のようなところだったと理解してよいと思う。士官学校を卒業すると本人の希望や成績などを考慮して、どこそこへと配属される。北京大学を卒業すると、士官学校を卒業して配属されるようにどこそこへ行くように指示されていたのだ。だから基本的に学生が反中華人民共和国政府のデモを行うことは考えられなかった。 <br />
そのような学生が大規模にデモに集結するということは政府を転覆させる程の覚悟があった可能性がある。天安門事件の際に軍隊を投入して鎮圧しなければ政府が転覆した可能性があったかもしれない。 <br />
あまり関係のないことだけど中華人民共和国では大学生の5%くらいが共産党員らしい～旧ソ連(旧ソビエト社旗主義共和国連邦)のように30代くらいになってから共産党員になるケースが多いのとは異なるみたいだ。共産党員の学生は村官のような配属にはならないのだろう。 <br />
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続く<br />
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検索用語<br />
中国　デモ　　尖閣諸島　　釣魚島　]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Thu, 13 Jan 2011 17:29:02 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-01-13T17:29:02+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>続青い瞳(仮題)</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/21492274/</link>
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      <description><![CDATA[洋画の時代劇は日本の時代劇とくらべると時代考証がしっかりしていると思う。ましてや巨額の制作費をかけた映画だとそれなりのスタッフが投入されているだろうに(肝心のところで)時代考証に誤りがあったりすることがある。 <br />
というのはBEN HURで、主人公の瞳が青い。 <br />
ヴァイキング(ヴィキング)の侵攻は8世紀頃からなので、映画は紀元前それ以前の話なので時代考証が変だという印象だた。 <br />
何らかの政治的な主張があるのかあるいは商業映画だからかもしれないけれど映画に出ているローマ人の女性に中高年がいない～ローマ人の女性が若い女性しかいなくて人口構成が変だなという印象ももっていた。<!--あるいは細かい推測をすれば、そのことでユダヤ人のおばあさんの映像を際立たせることができるかもしれない。採算がとれるか不確定の商業映画としては、当時として異例の莫大な制作費がかけられている。この映画はキリスト教の学校の課外授業で鑑賞されることがあるらしい。 <br />
--><br />
巨額の制作費をかけたスパルタカスでもローマ人の瞳が青いみたいだ～この映画の監督は30代だったらしい。テニスのアニメ(エースをねらえ)のでは日本人のヒロイン(オカヒロミ?)の瞳が青かったらしい。 <br />
<br />
最近の調査の結果、(紀元前7世紀頃から繁栄した古代)ギリシャ文明の大理石の彫像で、彫像の眼の部分に青い顔料が用いられていたことが発見されたらしい。 <br />
このことから古代ギリシャの大理石の彫像の瞳が青かったことが推測されるが、黒い色を出すために青の顔料が調合に用いられた可能性もある。当時は青の顔料は希少(貴重)であったろうが、彫像でも眼を書くことは全体の中で最も重要な作業だろうから黒の色を出す為に用いられた可能性も否定できないかもしれない。 <br />
そうは言っても、やはり瞳が青かった可能性は高い。仮に古代ギリシャの大理石の彫像の瞳が青かったとすると、当時もブロンドや青い瞳が好まれていたからだと推測することもできる。有史以前から北からの侵攻があったのだろうか? <br />
しかし、調査が進むとギリシャ文明の大理石の彫像に塗られていた色は（飽和度の高い）極彩色が多いことがわかってきたらしい。このような色をあれらの彫像に塗るのは現代人の感覚では何かの冗談か大変な悪趣味のように思えるらしい。現在では極彩色はただ派手でけばけばしい色のように思われているみたいだ。 <br />
日本画の顔料である岩絵具では瑠璃や岩群青など青色の顔料は高額らしい。現在は、極彩色の色が容易にできるけれども昔はそうではなかった。大変に希少～貨幣経済が発達していれば大変に高額だった。あるいはギリシャ文明の頃には、そのような極彩色の幾つかの色をだす技術はシークレットとされていて神官しか扱えなかったかもしれない。 <br />
彫像のかたちはリアルでも、色はリアルでなかった可能性が高い～即ち、彫像の眼の部分に青い顔料が用いられているのはモチーフの瞳が青かったからではなく、そこに青い顔料を用いたかったからかもしれないということだ。 <br />
現代のアニメではブロンドの人物・青い瞳の人物が実在することを知っていてそれをアニメのキャラクターに用いている～テニスのアニメがリリースされた当時、日本ではブロンドに染めることが一般に行われていなかったので何で日本人がブロンドなのかと思われていたらしい。古代ギリシャではどうだっただろうか?アレキサンダー大王はコーカサス地方のあたりまで征服しているので少なくともそれ以降であれば青い瞳の人物が実在することを知っている筈だ。しかし貴重な彫像に被征服地のあたりの人物をモーチーフにするだろうか?というような疑問も残る。アーリア人ということではなく、単に昔から青い瞳やブロンドが好まれていたということだろうか?あるいは貴重な色なので瞳に用いたのだろうか?アレキサンダー大王は被征服地の女性を王妃にしたらしけれども彼女の瞳は青くなかったらしい。 <br />
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BEN HURやスパルタカスでは鐙(あぶみ)は用いられていないみたいだけれどテレビドラマのスパルタカスではローマ人が鐙を用いているらしい。 <br />
チャリオット　→　乗馬　鐙　発見されていないだけ? <br />
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検索用語<br />
ギリシャ 彫像 顔料  有史以前に北からの侵攻 <br />
ギリシャ 彫像 顔料  北からの侵攻 北朝鮮 ]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 19 Nov 2013 15:17:57 +0900</pubDate>
      <dc:date>2013-11-19T15:17:57+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>日蓮の戒壇・勅宣並びに御教書について</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/24160399/</link>
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      <description><![CDATA[国分寺の頃は国家仏教で、戒壇も都(中央)に置くことで国分寺を建立することのように統制を強めようとしていたとみてよい、と思う～戒壇が設けられた後の時代の国家仏教の解釈かもしれないけれど官僧(2010年 1月23日の記事)というのは一人前の坊主ではなくて、都(中央)での戒壇を経ることで太政官より戒牒を受けて官僧が一人前の坊主になるという考え方だったらしい。  奈良にある全国の国分寺の大元締めをやっていた寺の境内にある正倉院が文部科学省ではなくて宮内庁の管理になっているのは国家仏教の名残かもしれない。  制度として都でなくても勅許を得れば戒壇として成立したとしても勅許さえ得れば戒壇として十分か?というような問題もあるかもしれない～(京都の)叡山の仏教は奈良の仏教とはだいぶ異なるイメージがある。  国家仏教ということになると律令制との絡みが注目されるかもしれないけれど、中国文化の導入という意味もあるような感じがする。おそらく当時の寺は医療や天文など多くの先端技術の担い手だったと思う。そして当時、それらの先端技術は日本よりも中国のほうが進んでいたのだ。　 日蓮の場合は奈良や京都の仏教に対抗するかたちで独自に戒壇を行っていたみたいだけれど、日蓮自身も戒壇に勅許は得たかったみたいだ～後に、日蓮が望んでいたということで創価学会などにより国立戒壇の主張が行われている(2009年11月22日の記事)。  日蓮は勅宣(勅許)と並べて御教書と言っているらしい。この御教書とは、おそらく鎌倉幕府による関東御教書のことだと思う。  日本で戒壇が設けられたのは、全国の国分寺の元締めをやっていた奈良の寺の大仏殿宝前だったらしい～大仏の造営や国分寺の建立が国の事業として行われたように戒壇を設けることも国の事業として行われたのだろう～(京都の)叡山の戒壇はそうではない。  これは、制度そのものが律令制にもとずくものであり、国府あるいは国衙が物理的に消滅していく過程での叡山の戒壇への勅許であったような感じがする。  日蓮の場合も叡山のように国の事業として戒壇を設けることではなく、勅許を望んでいたみたいだ。  さらに日蓮の場合には御教書も望んでる～このことから鎌倉幕府が五山に限らづ仏教とかかわりをもっていた可能性が推測できる(2010年 1月 1日の大仏の記事)。  このこと(鎌倉幕府が五山に限らづ仏教とかかわりをもっていたこと)は、日蓮宗系の古文書をみれば簡単にわかると思う。  阿弥陀仏の仏像は平安時代(鎌倉時代の前の時代)から一定の様式で大量に造られている。日本の現行通貨の10円玉にある建物(平等院というらしい)には大量生産の様式で造られた阿弥陀仏の仏像がまつられているらしい。よって、最も大きな可能性として、鎌倉に造営された大仏がそのような浄土思想にもとずいて阿弥陀仏となったことが推測できる。  鎌倉幕府が五山に限らづ仏教とかかわりをもっていたとすると、江戸幕府が浄土宗系の宗派を取り込もうとした以上に鎌倉幕府は鎌倉に造営する大仏を阿弥陀仏にすることで浄土宗系の宗派を取り込もうとした可能性もまったくなきにしもあらずかもしれない。  奈良時代に同じ大仏を造営する程ではないにしても大仏の造営はやはり大プロジェクト～えろぅ銭かかりまんねん。鎌倉に造営する大仏を阿弥陀仏にすれば鎌倉幕府の北陸や西国での支配が確立できるとすれば、それがどのように大きなプロジェクトの要の話であったとしてもお釈迦にならなかったということだろうか?    因みに、初期の仏像はヘレニズム文化の影響を受けているとされているらしい。ギリシャの大理石の人物像、(3Dプリンタのない時代に)あの技術で伝承されていた釈迦の姿を像にしたのが最初の仏像であるとされているらしい。]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 21 Feb 2015 21:57:38 +0900</pubDate>
      <dc:date>2015-02-21T21:57:38+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>創価学会の信心</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/21208134/</link>
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      <description><![CDATA[日蓮は、法華経の根本精神は一切の衆生(凡夫)を成仏させることにあると言っているらしい。 <br />
このことから日蓮の宗教は、一切の衆生は本来的に具有されている悟りの智慧をもっている～誰でも仏になれるというような本覚思想を掲げる宗教であると思われる。 <br />
日蓮の宗教では、誰でも本来的に悟りの智慧をもっているのだから(末法無戒ということで)戒律による(厳しい)修行よりも題目を唱えるという易行による成仏を説いているみたいだ。 <br />
同じ頃の浄土宗も、阿弥陀仏の他力に本願して極楽浄土(天国)へ往生するということで日蓮の教えとは宗旨は異なるけど念仏による易行で、このような念仏や題目といった易行を特徴とする鎌倉時代の頃の仏教を鎌倉仏教というらしい。日蓮の宗教は本覚思想みたいで、浄土宗のほうは聖道門～様々な修行を通して自力によって成仏することを説く宗旨のアンチテーゼなので、単に易行ということで一括りにするのはいかがなものかと思う。 <br />
最澄の天台宗も法華経を教学の中心において(日蓮の宗教では法華経を唯一の経典にしているらしい)すべての衆生が成仏できる(法華一乗～どの教えによっても「完全なる仏陀の悟り」という一つの乗物に導かれる)と言っているらしいけれど、天台宗は鎌倉仏教ではないらしい。天台宗の坊主の修業は回峰行のように山伏の修行と似ているような感じがする。 <br />
<br />
創価学会では鐘の話がでてくるらしい～勝利の鐘・栄光の鐘・公布の鐘など。<br />
創価学会では、楊枝で鐘をたたくのと箸でたたくのと撞木（釣鐘を鳴らす棒)でつくのでは音が違うように信心によって功徳に違いがあるというような教えをしているらしい。創価学会では、なぜ現世利益～祈りが叶うのかについて日蓮大聖人(日蓮)が法華経の行者の祈りが叶わないことは絶対にないと仰せだからだと言っているらしい。 <br />
どれだけ題目を唱えてお祈りしても願い事が叶わないと、それは信心が足らないからだと言われるらしい。 　]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 04 Oct 2013 07:55:58 +0900</pubDate>
      <dc:date>2013-10-04T07:55:58+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>刀についての補足</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/20207796/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://bianism.exblog.jp/20207796/</guid>
      <description><![CDATA[刀の普及ついてブログを書いていて、元寇以前の刀は、武将の体裁をつくろうための一種のアクセサリーで(中略)鎧兜の上から切りつけることはとうてい不可能であった(http://www.n-p-s.net/history5.htm)という見解を引用した。 <br />
どうも元寇以降から現在に至って作刀された多くの刀も、鎧兜(よろいかぶと)の上から切りつけるようなことはできないみたいだ。近代になってからも兜割りという催しが行われたことがあるらしい。天皇陛下の御前なので、それなりの刀が用いられている筈だろうけど兜に跳ね返されたりしたらしい～素人からみると折れたり曲がったりしたのでなかったのなら使い手の腕の問題だった可能性もあるような感じもする。そのなかで唯一、兜を斬り裂いたのは同田貫(どうたぬき)だったらしい。 <br />
このように兜を斬り裂くことができる刀は斬鉄剣(ざんてつけん)と称して他の刀とは区別されているみたいだ～マンガや小説に斬鉄剣がでてくることがあるらしいけど本来の斬鉄剣は鉄をスパスパと切れる刀ではないみたいだ。 <br />
同田貫(どうたぬき)は鎧通しのように重ねが厚い刀らしい。鎧兜を貫通するような重ねの厚い刀が作刀されていることから、刀が実戦に用いられていたことが推測できる。鎧通しは鎧を斬るのではなく突くみたいだ～斬鉄剣以外の刀でも突くことで鎧を貫通できるかもしれない。 <br />
柄(つか・刀を持つところ)の構造からサーベルは片手で、日本刀は両手でホールドするみたいだ。棟打ち(峰打ち)だと刀が折れたり曲がったりし易いらしい。実戦では直線ではなく曲線で突いていたので、刀の形状が反(そ)っているのかもしれない。 <br />
<br />
室町時代にそれ以前よりも大量に鉄が生産されるようになっていたことから、室町時代にはそれまでよりも大量に作刀されたことが推測できるとしたけれども、室町時代もそうだけど、そのずっと以前からも日本は多量の鉄を輸入していてたみたいだ。 <br />
<br />
後鳥羽上皇の御番鍛冶の直前まで、日本刀は異なる炭素量が不均質に分布する丸鍛えが大半を占めていたらしい(作刀は古刀が目指されているらしい?)～専門家は古刀全般に心鉄を使わなかったと断言は出来ないと言っているらしい。 <br />
どうも古刀では、心鉄を皮鉄でくるむ構造の刀は殆ど無いか全く無いみたいだ。これは後に、作刀の技術が進歩して心鉄を皮鉄でくるむようになった可能性もある。心鉄を皮鉄でくるむ方法は、甲伏（こうぶせ）、本三枚（ほんさんまい）、四方詰（しほうづめ）など刀工によって様々らしい。現在でも、鎌倉時代の頃の製鉄の技術は解明されていないらしい。大量の需要に応える為などの理由で(古式の)たたらによる製鉄技術の伝承が途絶えてしまい、心鉄を皮鉄でくるむ構造にすることでそれまでのように折れずらく曲がりにくい刀を作刀することができた可能性もあるかもしれない。 <br />
心鉄と皮鉄による複合構造の刀と、不均質鋼のように炭素量が不均質に分布して軟鉄～硬鉄が分布している構造の刀では、どちらが刀として優れているのかはわからない。 <br />
ダマスカス刀剣では心鉄ではなく、また不均質鋼のようにでもなく軟鉄と硬鉄を幾重にも重ねるようにした造り込みになっているみたいだ～日本の古刀のなかにも不均質鋼というよりも軟鉄と硬鉄を何度か折り返して鍛練したような構造の刀もあるみたいだ～もちろん古刀のそれはダマスカス刀剣や現代刀のようなくっきりとした造り込みではない感じだ。 <br />
<br />
(後書) <br />
ダマスカス刀剣のような紋様の包丁が日本橋の老舗の包丁店で扱われていて、1万円程度のおみやげとして人気があるらしい。 <br />
また数十万円程度の価格で、ダマスカス鋼を用いて製造されたダマスカス刀剣のような紋様の刃物も扱っているらしい。 <br />
ダマスカス刀剣のように目立たないけれど、打ち返しを行っている日本刀にも肌目があり、日本刀の肌目は幾つかの種類に分類されていて、その種類のなかには(綾杉肌のように)ダマスカス刀剣と似ている紋様の肌目の日本刀が分類されているらしい。～このように日本刀を肌目で分類することは後世に行われたのであって、鎌倉時代などでは(美術館に展示されているように)刀全体が研がれていたことを疑うような見解もあるかもしれない。 <br />
]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 27 Mar 2013 07:46:39 +0900</pubDate>
      <dc:date>2013-03-27T07:46:39+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>刀の普及</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/14605530/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://bianism.exblog.jp/14605530/</guid>
      <description><![CDATA[製鉄の遺跡から、室町時代にはそれ以前よりも大量に鉄が生産されるようになっていたみたいだ。 <br />
室町時代に刀が大量に供給されて、次の戦国時代を迎えることになったのだろうか? <br />
元寇以前の刀は、武将の体裁をつくろうための一種のアクセサリーで(中略)鎧兜の上から切りつけることはとうてい不可能であった(http://www.n-p-s.net/history5.htm)という見解もあるみたいだけど、それでも(正宗の)相模(鎌倉のあるところ)の系列から優れた刀が開発されたとしているみたいだ～正宗以前は鎧兜は刀に対して十分な防具だったということだろうか? <br />
室町時代には数打物といわれる濫造品の刀が大量に生産されていたらしい。鎧通しという重ねの厚い短刀も多く生産されていたらしい。戦場で組討～騎馬でなく徒歩(かち)による対戦が多く行われていたのかもしれない。 <br />
あるいは需要は常に伸び続けていて、例えば戦国時代になると鉄不足となってポルトガル人を通じて南蛮鉄が輸入されていたらしい(http://www.hitachi-metals.co.jp/tatara/nnp0203.htm)。南蛮鉄は90年間くらい輸入されていたらしい。南蛮鉄で作刀された刀は以南蛮鉄造之というような銘切りがなされているケースが多いみたいだ～南蛮鉄は濫造材ではなく高級材だったのかもしれない。現在の日本の鉄鉱石は殆ど輸入に頼っていてオーストラリア連邦共和国(オーストラリア)から多くを輸入していたような。 <br />
豊臣秀吉は方広寺を建立して、大仏殿を造営したらしい。方広寺の大仏は奈良の大仏よりも大きかったけど1596年の地震で倒壊しているらしい。 <br />
豊臣秀吉は、百姓が刀や槍、鉄砲などの武器を持つことを固く禁じる刀狩を行い、その刀を方広寺(の大仏殿)に用るようなことを言っていたらしい(～先の大戦の際に供出された金属は大阪城の跡地にあった兵器工廠に集められていたような)。 <br />
<br />
刀に対する需要が高まっていたというようなこともあるかもしれないれど、後鳥羽上皇(太上天皇・承久の乱で敗北)による御番鍛冶(御用窯みたいのらしく上皇自らも作刀)の影響を受けて日本各地に無数の刀工を輩出したらしい。 <br />
正宗の刀には硬軟両種の鉄が用いられているらしい～和鋼は純度が高いのでフラックス(融剤)無しで鍛接できるらしいけれど鉄そのものとしては、おそらく日本刀の玉鋼(たまはがね)よりも鉄隕石のほうが優れていると思う。 <br />
また玉鋼は、ほかの鋼とくらべても酸素を多く含む特徴があるらしい。その為に酸化物系介在物が多くなって、その酸化物系介在物が鋼を軟らかく伸び易くする性質があるらしく、折り返し鍛錬によって酸化物系介在物を微細に分散させると粘りを強くしたり砥ぎ性を高める性質があるらしい(http://www.hitachi-metals.co.jp/tatara/nnp0108.htm)。 <br />
硬い鉄と軟らかい鉄の複合構造にすると、折れにくく曲がりにくい刀を作ることができるらしい～軟らかい鉄は刀を折れにくくして硬い鉄は刀を曲がりにくくするらしい。刀をこのような構造にすることは宮内省鍛冶司のような律令制にあった工房で開発されたのではないみたいだ。]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 18 Dec 2010 20:18:00 +0900</pubDate>
      <dc:date>2010-12-18T20:18:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>二重権力構造についての補足説明</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/14838296/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://bianism.exblog.jp/14838296/</guid>
      <description><![CDATA[ブログで鎌倉時代のことを書いていて、うっかりというか安易に二重権力構造が通説というようなことを書いてしまった。 <br />
現在の日本語で二重権力構造というのは院政のようなことを意味しているらしい。<br />
文章の脈絡と関係なく鎌倉時代・二重権力構造と書くと幕府を動かしていたのは執権や(内)管領であって将軍ではなかったことのように思われてしまうかもしれない。 <br />
ついでに書くと執権には代々北条家がなっていたけれども、この頃の武家は均分相続(分割相続)が原則で(後の時代でいう分家に相当する)名越流なんかは北条得宗家に相当する勢力をもっていたこともある。 <br />
<br />
まあ、専門家でなければ二重権力構造は鎌倉に幕府が成立した後も依然として京都の勢力が大きかったくらいに理解していればいいんだろうけど・・ <br />
京都から鎌倉へ向けて戦(いくさ)の為に軍を進めた際に、東進の途中途中で徴発(徴兵)を行っていたみたいなので、(本格的な)軍団を編成できる程だかどうかは判らないけど律令制は鎌倉時代になってからも少なくとも建前としては存在していたみたいだ。 <br />
国府と守護が並立されていたことが当時の二重権力構造を説明し易いけど、専門家はこの頃の国府の力はあまりないとみているような感じがする。荘を所領としているような武士に対しても幕府は萬(よろず)守護方の下知に従うように通達を出していたような。 <br />
二重権力構造といって院政がイメージされたとしても、それが太上天皇による院政がイメージされたとしたら実はそれは当を得ていて～だから別に補足の説明をしなくてもよかったんだけれども・・ <br />
専門家は太上天皇による院政を王朝何とかといって幕府との二重権力構造と区別しているみたいだ～鎌倉時代は院政が行われていた王朝何とかの時代でもあるので当を得ているということで、朝廷が文治の勅許で守護地頭の設置を認めたらしけれど、頼朝は院から全国総地頭に補任されていたような。 ]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 31 Jan 2011 17:34:34 +0900</pubDate>
      <dc:date>2011-01-31T17:34:34+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>国分寺についての補足</title>
      <link>http://bianism.exblog.jp/19491796/</link>
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      <description><![CDATA[大和・武蔵・長門のように戦艦の通称は旧国名が命名されていたみたいだ。靖国神社の碑には戦艦も通称名ではなく(何号艦というように)番号で表示されているらしい。 <br />
<br />
国分寺(国分尼寺)は聖武天皇の詔(みことのり)により各国に建立されたらしい。 <br />
国府による行政が行われる以前から郡を単位とした行政が確立されていたみたいだ。国府の建物(国衙)の造営に先立って、郡に寺が建てられていたらしい。その郡ごとに造営された寺の寺名が郡名と同じであるケースがけっこうあるらしい～国分寺の造営に先立って郡の寺が造営されていたみたいだ。おそらく、その郡名などの寺には官僧がいて郡の統制に係わっていたのだろう。官僧というのは太政官から度縁の交付を受けた坊主のことらしい。 <br />
あまりはっきりしたことは判っていないみたいだけれど、律令以前の国造(くにのみやつこ)などの地方の行政範囲が律令制になってそのまま郡になったみたいな感じだ。 <br />
国司は郡司の上役と雖(いえど)も、郡司のほうが国司よりも官位が高くなるケースが想定されていて(郡司がその郡司よりも官位の低い上司の国司と道ですれちがった際の双方の作法が定められていたらしい)、実際に畿内では国司よりも郡司のほうが官位が高かったことがあったみたいだ。 <br />
郡司の補任は、少しオーバーな言い方をすると後の時代の御前会議にかけるような重要な事柄であったらしいけど国司の任免は簡単にできたらしい。郡司を補任することが容易にできなかった為、郡司が欠けた際などに偽(にせ)郡司が補任されることがあったらしい。 <br />
<br />
既に郡に寺があったのだから、国分寺を建立することで全国に仏教の知識を広めようということではないみたいだ～郡の寺が先立っているのは僅(わず)かの期間みたいなので微妙かもしれない。<br />
日蓮の頃の鎌倉時代もそうなのだけれど、この頃は殆どの人が読み書きができなかった(2006年 6月10日の記事)。読み書きができる人が極端に少なかったことが、群の統制に坊主を必要としていたような感じもする。 <br />
国分寺の伽藍は七重塔だったらしい～平城京でも五重塔が一般的だったらしい～国分寺の塔は地方では最大の建築物だったかもしれない。 <br />
国の事業として国分寺が建立された訳だけれども、実際には郡司とのコラボ、現在でいうフランチャイズのようなかたちで都からの技術者を受け入れての造営だった可能性もある。 <br />
<br />
国分寺を造営した頃も、荘園が任国内に多く存在する頃も同様に律令制にもとずいて国司が補任されている。荘園が多く存在した頃は律令制にもとずいた班田収授は全く行われていなかったらしい。赴任した国司が大きな権益をもってい大和・武蔵・長門のように戦艦の通称は旧国名が命名されていたみたいだ。靖国神社の碑には戦艦も通称名ではなく(何号艦というように)番号で表示されているらしい。 <br />
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国分寺(国分尼寺)は聖武天皇の詔(みことのり)により各国に建立されたらしい。 <br />
国府による行政が行われる以前から郡を単位とした行政が確立されていたみたいだ。国府の建物(国衙)の造営に先立って、郡に寺が建てられていたらしい。その郡ごとに造営された寺の寺名が郡名と同じであるケースがけっこうあるらしい～国分寺の造営に先立って郡の寺が造営されていたみたいだ。おそらく、その郡名などの寺には官僧がいて郡の統制に係わっていたのだろう。官僧というのは太政官から度縁の交付を受けた坊主のことらしい。 <br />
あまりはっきりしたことは判っていないみたいだけれど、律令以前の国造(くにのみやつこ)などの地方の行政範囲が律令制になってそのまま郡になったみたいな感じだ。 <br />
国司は郡司の上役と雖(いえど)も、郡司のほうが国司よりも官位が高くなるケースが想定されていて(郡司がその郡司よりも官位の低い上司の国司と道ですれちがった際の双方の作法が定められていたらしい)、実際に畿内では国司よりも郡司のほうが官位が高かったことがあったみたいだ。 <br />
郡司の補任は、少しオーバーな言い方をすると後の時代の御前会議にかけるような重要な事柄であったらしいけど国司の任免は簡単にできたらしい。郡司を補任することが容易にできなかった為、郡司が欠けた際などに偽(にせ)郡司が補任されることがあったらしい。 <br />
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既に郡に寺があったのだから、国分寺を建立することで全国に仏教の知識を広めようということではないみたいだ～郡の寺が先立っているのは僅(わず)かの期間みたいなので微妙かもしれない。<br />
日蓮の頃の鎌倉時代もそうなのだけれど、この頃は殆どの人が読み書きができなかった(2006年 6月10日の記事)。読み書きができる人が極端に少なかったことが、群の統制に坊主を必要としていたような感じもする。 <br />
国分寺の伽藍は七重塔だったらしい～平城京でも五重塔が一般的だったらしい～国分寺の塔は地方では最大の建築物だったかもしれない。 <br />
国の事業として国分寺が建立された訳だけれども、実際には郡司とのコラボ、現在でいうフランチャイズのようなかたちで都からの技術者を受け入れての造営だった可能性もある。 <br />
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国分寺を造営した頃も、荘園が任国内に多く存在する頃も同様に律令制にもとずいて国司が補任されている。荘園が多く存在した頃は律令制にもとずいた班田収授は全く行われていなかったらしい。赴任した国司が大きな権益をもっていることが荘園を都の貴族に寄進させることになったというような見解もあるかもしれない～物語(小説)などで国司の官職としてのうま味が語られているのは、国分寺が造営された頃よりももっと後の平安時代になってからのことみたいだ。 <br />
<!--各国の国分寺の元締めをやっていた奈良の寺の大仏殿宝前に日本初の戒壇が設けられたらしい～大仏殿の戒壇は後に東大寺戒壇院へ移築されたらしい。 <br />
--> ることが荘園を都の貴族に寄進させることになったというような見解もあるかもしれない～物語(小説)などで国司の官職としてのうま味が語られているのは、国分寺が造営された頃よりももっと後の平安時代になってからのことみたいだ。 <br />
<!--各国の国分寺の元締めをやっていた奈良の寺の大仏殿宝前に日本初の戒壇が設けられたらしい～大仏殿の戒壇は後に東大寺戒壇院へ移築されたらしい。 <br />
--> 　]]></description>
      <dc:subject>政治</dc:subject>
      <dc:creator>bianism</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 13 Nov 2012 20:32:22 +0900</pubDate>
      <dc:date>2012-11-13T20:32:22+09:00</dc:date>
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